肝日記

お盆

4年前に亡くなった妻が帰ってくる。お寺まで迎えに行き、迎え火をたく
焚きおわって火の始末をしたとたんに、大粒の夕立が降ってきた。間一髪セーフでした。

お盆の迎え火は、一応の儀式だが、これを行わないと心の隙間が埋まらないような気がするからだ。
私が小さい頃、父と一緒によく迎え火を焚いたものだ。
父は「おがら」と線香に火をつけて、 「お盆さん、お盆さん、この明かりでおいでなって〜」などと口ずさんでいたのをよく覚えている。
その頃の私は、ご先祖さんについては何も知らなかったし理解もしていなかった。

先祖があって、今の自分がここにこうして生きているという現実を理解できるようになったのは、4〜5年ほど前からのような気がする。

自分史見本の作成のために、祖父、祖母、両親の事を調べていくうちに、苦労して生き抜いてきた祖先の事を知れば知るほどに、その尊い人生の一欠片に触れ、時の流れ、その時の血流が私の中にも流れている事を誇りに思ったりもする。

亡くなった人の事を考えてあげることが供養になる、今夜は家族みんなでパーティーです。


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Last-modified: 2006-08-14 (月) 16:16:33 (5190d)